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Panasonic v. OPPO事件において、欧州の統一特許裁判所(UPC)は、2024年11月22日、標準必須特許(SEP)に基づく特許侵害訴訟における史上初の差止判決 を下しました。この判決は、SEPに基づくUPC初の差止判決であるという帰結に加え、UPCが欧州司法裁判所(ECJ)によるHuawei v. ZTE判決 で説明されたSEPライセンス交渉に必要なステップの適用について詳細に分析したうえで具体的な解釈を示した点において注目されます。
I. 事案の概要
本件は、パナソニック(以下「原告」といいます。)が、無線通信装置および無線通信方法(4G通信規格)に関するWCDMA及びLTE規格への必須特許である欧州特許EP 2 568 724(以下「本件特許」といいます。)に基づき、OPPOら(以下「被告」といいます。)に対して特許権侵害訴訟を提起した事案です。
原告は、被告に対し、UPCマンハイム支部およびドイツ、英国、中国の裁判所を含む国内裁判所において並行して訴訟を提起しました。
原告は、UPCマンハイム支部(以下、単に「UPC」といいます。)において、被告に対して侵害訴訟を提起し、差止命令による救済、損害賠償責任の確認等を求めました。これに対し、被告は、差止請求及び特許権に基づくその他の将来的請求の主張は独占禁止法により排除されるべきであるとの抗弁(以下「FRAND抗弁」といいます。)を提出して、これを争いました。
加えて、被告は、本件特許が有効であるUPCAの締約国に対して効力を有する本件特許全体の無効宣言等を請求しました。さらに、被告は、欧州、日本及び米国の領域におけるFRANDライセンス料の決定を求める反訴(以下「FRAND反訴」といいます。)を提起しました。
本判決において、UPCは、最終的に被告が原告のSEPを侵害したと判断したうえで、ECJのHuawei v. ZTE判決で示されたすべての交渉ステップを分析し、差止を認容する判決を下しました。その結果、被告はドイツ、フランス、イタリア、スウェーデン、オランダで4G対応製品を販売することが差し止められることとなりました。裁判所は、さらに、被告に25万ユーロの暫定損害賠償金の支払いを命じ、被告の反訴については棄却しました。
II. FRAND抗弁に関するUPCの判断(UPCによるHuawei v. ZTEの解釈)
以上の結論に至るため、UPCはHuawei v. ZTEの枠組みを詳細に分析したうえで本件に当てはめ、FRAND抗弁の適用可能性を評価しました。Huawei判決の下、ECJは、SEP保有者による支配的地位の濫用(TFEU102条)に基づくFRAND抗弁を適用ないし回避しようとするSEP保有者または実施者は、一連の交渉ステップを経なければならないことを明らかにしました。このHuawei v. ZTEの枠組みでは、まず、SEP保有者は実施者に対し侵害通知を提出しなければなりません。この通知を受けた実施者は、続いてライセンス取得する意思を表明しなければなりません。さらに、実施者の表明に引き続き、SEP保有者はFRAND条件でのオファーを実施者に提供しなければなりません。 最後に、実施者は、FRAND条件でのカウンターオファーの提出を含め、これに真摯に対応しなければなりません。実施者がHuawei判決に基づく義務を遵守しない場合、SEP保有者は差止を求めることができますが、SEP保有者がHuawei判決に基づく義務を履行していない場合、差止請求は、TFEU102条に基づき市場支配的地位の濫用とみなされることになります。
本件におけるUPCのアプローチは、HMD Global v. VoiceAge EVS事件において近時欧州委員会が提出したアミカスキュリエで示された意見とはやや異なっているように見受けられます。欧州委員会のアミカスキュリエは、Huawei v. ZTE判決をより厳格かつ形式的に適用するものであり、同判決のフレームワークにおける各ステップは順を追って実行されなければならず、各ステップを混同してはならないとの意見を示したものです。 特に、欧州委員会は、ステップ2と4を混合することは、SEP保有者がFRAND条件でライセンスオファーを提出したかどうかを裁判所が審査することなく、差止命令を認めることを可能とするものであり、Huaweiの各ステップとそれらの正確な順序付けによる利益バランスを損なうものであることを強調しました。
UPCによる本判決は、SEP保有者のオファーの審査が後回しにされるような形でHuawei判決の一連の交渉ステップが混同されるべきではないという点では欧州委員会の意見に同意していますが、 その一方で、一連の交渉ステップにおけるSEP保有者と実施者双方の義務の相互関係に重点を置いています。UPCは、SEP保有者と実施者の双方は、交渉の間、「商慣習」に従って行動し、誠実にライセンス契約の締結に向けて努力しなければならないことを強調しています。そのうえで、UPCは、実施者が第三者に付与されたライセンス条件を十分に知らなければ有益なオファーをすることができないのと同様に、SEP保有者も、交渉の進展に応じて、実施者が意図的に使用行為の範囲や販売価格等の経済的条件を開示しなければ、有益なオファーをすることができないことを指摘しました。
以下、本判決の判断についてより詳しく紹介します。
ステップ1:侵害通知
まず、ステップ1であるSEP保有者から被告への侵害通知の提出の要件について、Huawei v. ZTEの枠組みでは、SEP保有者は、差止請求訴訟を提起する前に、まず実施者に対して侵害通知をしなければならならず、その際、問題となるSEPを特定し、それがどのように侵害されたと主張されているかを示す必要があります。国内裁判所の判例により、クレームチャートの送付はこの要件を満たすことが確立されています。
この最初のステップ1の解釈において、UPCは、欧州委員会のアミカスキュリエの見解に同意しませんでした。欧州委員会は、Huawei判決のフレームワークに準拠した侵害通知は以下の通りであると述べています:「(i)特許侵害を明示し、(ii)関係する特許を番号で示し、(iii)侵害の性質と方法をレター自体に記載する。」というものです。これに対し、UPCは、「ECJ判決は、この点に関して厳格な形式的要件を課しておらず、加盟国の裁判所がケースバイケースで判断することに委ねている」とし、「特に、標準に関連する多数の特許の侵害に関する場合、欧州委員会が必要とみなす形式的な書式による通知は、望ましい透明性よりも混乱を招く可能性がある」と判断しました。
本件において、UPCは、原告が被告に対し、3Gおよび4G規格について侵害されたと考える特許のリストを送付したことを認定しました。このプレゼンテーションでは、被告の4G対応製品が明示的に指定されていました。裁判所はさらに、「原告は、侵害されたとみなされる特許の最新のリストを提出した。これには、本訴特許への言及も含まれている。」と認定しました。さらに裁判所は、原告が被告に対し、「被告が要求した他の多数のクレームチャートに加え、本訴訟特許も属する中国の特許ファミリーに関するクレームチャート」を送付していたことを認定しました。
以上から、UPCは、本件ではHuawei判決のステップ1が満たされており、通知は「十分」であったと判断しました。
これに対し、被告は、「侵害主張の理解可能性が十分でないという異議」を提出しましたが、UPCは、このような異議について、「被告側から口頭審理で初めて提起された」と指摘し、これでは遅かったと述べました。裁判所は、もし明確にする必要があったのであれば、被告は協力的なライセンス取得者として原告に尋ねることができたし、そうすべきだったと指摘しました。
ステップ2:ライセンス取得の意思の表明
次に、UPCはステップ2である被告のライセンス取得の意思についても判断しました。
欧州委員会のアミカスキュリエによれば、このステップ2は、宣言の内容と状況のみに基づいて評価されるべきであり、それに後続する当事者の交渉中の行為に基づいて評価されるべきではなく、さらに、後続するステップつまりSEP保有者のオファーと実施者のカウンターオファーのステップと混同されるべきでないとされます。
UPCは、最初のライセンス取得の意思表示は、その後の交渉の開始を意味するものであるという点では欧州委員会の見解に同意しましたが、その一方で、被告のライセンス取得の意思の有無を評価するに当たり、当初の表明に後続する当事者の行為を考慮することができるかどうかについて、「交渉中における後続する行為がどの程度まで評価に含まれるかは、まだ明らかではない」と述べました。UPCはさらに、「この狭義に理解される最初のライセンス取得の基本的意思表明の真剣さは、当該表明に付随する近接した状況から評価されるべきものである」としながらも、「このことから、その後の交渉における両当事者のさらなる行為が審査において無視されるべきであるということにはならない」とも述べています。
本件において、UPCは、「被告は電子メールにおいて十分な宣言を行い、さらに協議を行うための具体的な連絡先を指定した」ため、「交渉の受領時における被告の発言は、さらなる交渉への十分重大な前段階とみなすのに十分であると思われる」として、結論として、ステップの2の要件は満たされていると判断しました。
ステップ3:FRAND条件でのライセンスオファー
続いて、ステップ3であるSEP保有者からのFRAND条件でのライセンスオファーについて、UPCは、SEP保有者がオファーを提出する際、ライセンス料の算定に使用した単なる数学的要素を記載するだけではならないと判断しています。UPCは、むしろ、交渉状況に応じて可能な方法で、なぜそのオファーがFRANDに適合すると考えるのかを説明する義務があると述べています。つまり、SEP保有者はそのライセンス慣行についてよりよく知っており、特許権者が誠実に対応できるよう、これを特許権者に伝えるべきであると述べています。その一方で、UPCはさらに、説明の程度は当事者間の交渉の各段階によって異なると説明しており、もっともらしさを説明するために、すべてのケースで第三者のライセンス契約の名称と条件を直ちに開示する必要はないと述べています。
以上を踏まえ、本件について、UPCは、原告が提示したオファーの経済的基礎及びオファーは合理的であると考える理由についてのプレゼンテーションに基づき、原告は、既に早い段階で自らの要求を明確に説明し、自らのオファーがFRANDに適合すると考える理由について、更なる交渉のために十分な説得力を示したと判断しました。そのうえで、UPCは、もし被告らが協力的なライセンス取得者として、オファーの非差別的性質などに関してまだ疑問があるのであれば、直ちに、あるいはその後すぐに質問すべきだったと述べました。
これに対し、被告側は、当初のオファーとして認められるためには書面による契約上のオファーが必要があると反論しましたが、UPCはそのような見解を支持しませんでした。UPCは、「これは、すべての派生的点において特定され、署名する準備ができている書面による契約上のオファーを必要とするものではなく」、「SEP保有者のオファーにより、実施者が、オファーされたライセンス契約の本質的な経済的枠組み条件を認識することができれば十分である」と述べました。この点について、UPCは、被告が異議を述べたり、カウンターオファーを提出したり、明確化すべき経済的問題を提起したりする必要があったはずであり、裁判所において私的な専門家の意見書によってのみそのような問題を提起することは、このような協力義務に代替することはできないと指摘しました。
UPCは、原告が、この時点で、比較の目的で第三者とのライセンス契約を提出することなど、より多くの情報を提供する必要はなかったと判断し、最終的に、最後に提出された原告のオファーをFRANDに適合するものと判断しました。
一方、実施者側の行為について、UPCは、具体的な交渉の段階にもよるものの、誠実に交渉しているライセンス取得者は、相手方が使用した数値に対する自らの反論の妥当性を確認するために、ある段階では、そのようなデータを提供することが期待されると指摘しています。特に、裁判所は、特許権者はカウンターオファーを拒絶された後、提供される担保が十分かどうか、特に支払不能リスクをカバーできるかどうかをSEP保有者が評価できるような形で、このような情報を提供しなければならないとしたうえで、本件において被告がそのような情報を提供していなかったと判断しました。
ステップ4:被告によるカウンターオファー
最後に、ステップ4である被告によるカウンターオファーに関するUPCの評価については、判決文の該当箇所が非公開とされているため、詳細について確認することができません。もっとも、結論として、UPCが被告のカウンターオファーはFRANDに適合していないと判断したということは確認することができます。
この点に関してUPCは、ECJが保証金の計算のために一定の情報を相手方に提供することを要求していることから、被告の立場の誠実なライセンス取得者であれば、交渉の本段階で原告に対し被告の販売情報を共有することが期待されていたと述べています。さらに、UPCは、保証金が不十分であるとも判断しています。
以上から、原告はHuaweiのフレームワークに従った義務を履行した一方で、被告が義務を履行していないことから、UPCは、被告による原告の差止請求が競争法に基づき排除されるべきであるとのFRAND抗弁を否定し、結論として、原告による差止請求を認めました。
Ⅲ. FRAND反訴に関するUPCの判断
さらに、欧州、日本及び米国の領域におけるFRANDライセンス料の決定を求める被告の反訴について、UPCは、「UPCは、被告が答弁書とともに提出した、FRANDライセンスの決定を目的とする反訴について管轄権を有する」と裁定しました。具体的には、UPCは、「管轄権はUPC第32条(1)(a)から導かれる。従って、裁判所は、ライセンスに関する反訴を含め、特許の現実の侵害または侵害のおそれに関する訴訟および関連する反訴について排他的管轄権を有する。これには、特許に対する既存のライセンスに関する紛争だけでなく、ライセンスの締結を目的とした訴訟も含まれる」と判示しました。このように、UPCがFRAND反訴について判断する管轄権があること自体は認容されましたが、結論としては、被告がライセンスを受ける意思を有しないこと(unwillingness)に基づき、このような請求の根拠がないとして棄却されました。UPCは、原告に対し「被告のライセンス契約を受け入れること」を求める被告の反訴について、実際の実施行為ではなく原告から反論を受けたIDCデータに基づいてのみ算定されたものであるため、「被告のオファーにおいて提出された一括金のライセンス料はFRANDに準拠していない」 として、請求を認めませんでした。さらに、被告が、欧州、米国及び日本という限定的な地域におけるライセンス料の決定を求めたことについて、UPCは、「両当事者は、最終的に、グローバルなFRAND料率の決定による包括的な紛争解決のみが慣例に沿ったものであることに同意している」 としたうえで、「被告は世界における特定の地域のみにおけるライセンス料の部分的決定を正当化するいかなる主張も提示していない」と述べました。
Ⅳ. おわりに
以上に説明しましたように、本判決は、Huawei v. ZTE判決に対するUPCの解釈が示された点で注目されますし、結論としてUPCによるSEPの侵害に基づく初の差止命令が認められたという点でも実務的な意義があります。上述しましたように、UPCのマンハイム支部が、Huawei v. ZTE判決を解釈するに当たり、欧州委員会の意見が法的拘束力を有しないことを指摘したうえで、同意見とは異なる見解を示したことは注目されます。
また、UPCがFRANDの反訴とグローバルなFRAND料率の設定について管轄権を有するかどうかという問題に取り組んだことも注目に値します。統一特許裁判所協定には、FRANDに関する裁判所の管轄権に関する規定がないため、UPCの管轄権の宣言が一つの重要なハイライトとなります。 残念ながら、FRANDロイヤルティの条件設定の可能性について現時点ではまだ不透明です。とはいえ、裁判所はこのテーマに関する管轄権を有することを確認したため、FRAND料率を決定する可能性を完全に否定したわけではなく、UPCがこのチャンスを利用するかどうかという疑問への回答は、今後の判決動向を注視する必要があると思われます。