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2022.07.25

Newsletter_PTAB手続きの裁量的拒否に関するUSPTOのガイダンス_July 2022

PTAB 手続きの裁量的拒否(discretionary denial)に関する USPTO のガイダンス

 米国では、米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部(PTAB)における無効手続き(IPR やPGR)と、連邦地方裁判所(以下「連邦地裁」といいます。)等における訴訟において、並行して特許の有効性の争点が争われることがあります。このような場合に、PTAB が自らの裁量において手続きの開始を拒否する事例があります。これを、裁量的拒否(discretionary denial)といいます。この裁量的拒否の実務をめぐり、2021 年 6 月 21 日、米国特許商標庁(USPTO)のVidal 長官は、“Interim Procedure for Discretionary Denials in AIA Post-Grant Proceedings With Parallel District Court Litigation”と題するガイダンス(以下「本件ガイダンス」といいます。)を公表しました[1]。

1. 先例:Fintiv 判決で示されたファクター

 2020 年 3 月の Apple v. Fintive 判決(以下「Fintiv 判決」といいます。)[2]は、PTAB でのIPR と連邦地裁における訴訟が並行している場合において、IPR を開始するか否かを決定するに当たり、PTAB が考慮すべき 6 つのファクターのリストを示しました。
 1. whether the court granted a stay or evidence exists that one may be granted if a proceeding is instituted
  裁判所が手続きの中断を認めたかどうか、または手続きが開始された場合に中断が認
  められる可能性があるという証拠が存在するかどうか。
 2. proximity of the court’s trial date to the Board’s projected statutory  deadline for a final written decision
  裁判所のトライアル期日と、PTAB の最終書面決定の予測される法定期限との近接性
 3. investment in the parallel proceeding by the court and the parties
  平行する手続きにおける裁判所と当事者の投資
 4. overlap between issues raised in the petition and in the parallel proceeding
  申立てにおいて提起された争点と並行する手続きで提起された争点の重複
 5. whether the petitioner and the defendant in the parallel proceeding are   the same party
  申立人と並行する手続きにおける被告が同一の当事者であるか否か
 6. other circumstances that impact the Board’s exercise of discretion, including the merits

  PTAB 審判廷の裁量行使に影響を及ぼすその他の事情(法的主張の有効性を含む)

2. 本件ガイダンスの要点

 本件ガイダンスは、Fintive 判決の適用をめぐって問題となるいくつかの点を明確化しました。

 説得力のある証拠

 まず、本件ガイダンスは、AIA で新たに導入された無効手続き(IPR、PGR など)は、特許の有効性を争うための迅速でコスト効率性のある訴訟の代替手続きを取り入れることによって、特許の質を向上かつ確保することを目的とするものであることなどを指摘しました。そして、その目的に照らすと、連邦地裁の訴訟が並行している場合でも、PTAB で説得力のある正当な申立てがなされた場合には、PTAB の手続を続けることが許容されると述べました。説得力のある正当な申立てとは、もしトライアルで反駁されなければ、証拠の優越の基準によって、明白に 1 件以上のクレームが特許されないとの結論に至るようなものであるとされています。

 並行する ITC 訴訟との関係

次に、本件ガイダンスは、米国国際貿易委員会(ITC)での訴訟が並行して係属することを理由として、Fintiv 判決に基づく PTAB 手続き開始の裁量的拒否は行わないことを明らかにしました。その理由として、ITC は特許を無効にする権限を持たず、ITC の無効裁定は USPTOや連邦地裁を拘束しないため、ITC 訴訟の結果によっては特許無効の主張が決定的に解決されるわけではなく、その代わりに特許を無効とするために連邦地裁の訴訟又は PTAB での無効手続きが必要になることが述べられています。

 Sotera 約定

 また、本件ガイダンスは、PTAB 手続きの申立てが、平行する訴訟と同一又は実質的に同一の請求、理由、主張、証拠を含んでいる場合には、その事情は PTAB 手続きの開始を拒否する方向に働くが、他方で、PTAB 手続きの申立てが、平行する訴訟と実質的に異なる請求、理由、主張、証拠を含む場合には、その事情は PTAB 手続きの開始を拒否する裁量権を行使しない方向に働くことを指摘しています。したがって、PTAB 手続きの申立人が、並行する連邦地裁の訴訟において、PTAB 手続きの申立てで提起されたのと同じ理由、または合理的に提起され得る理由で無効を主張しないことを約定した場合(いわゆる「Sotera 約定」といいます。)、
PTAB は、連邦地裁の訴訟が並行することを考慮して、IPR または PGR の開始を裁量的に拒否する決定は行わない旨を述べました。

 トライアルの期日

最後に、本件ガイダンスは、Fintiv 判決のファクター4(裁判所のトライアル期日と、PTAB の最終書面決定の予測される法定期限との近接性)の適用方法についても明確化しました。従前の実務においては、連邦地裁のトライアル日のスケジュールが PTAB の最終書面決定の予測される法定期限よりも前にスケジュールされている場合には、その事情を PTAB の手続き開始を拒否する方向で考慮していました。
 しかし、この実務に対しては、連邦地裁でのトライアル期日のスケジュールは変更されることがよくあり、トライアル期日のスケジュールのみでは、裁判所のトライアル期日が PTAB の最終書面決定の法定期限よりも前に実施されることを示すことにはならないとの指摘があったとのことです。
 そこで、本件ガイダンスは、当事者は、ファクター4 に関し、平行する訴訟が係属している連邦地裁における民事訴訟のトライアル日までの期間の中央値の最近の統計情報について、証拠として提出することができると述べました。そして、当事者がこのような統計情報を提出する場合には、PTAB は、平行訴訟の裁判官に係属している件数や、他の事件の処理スピードや利用可能性といった他の事情についても考慮すると述べました。

3. 実務上の留意点
 統計をみると、2020 年 5 月 5 日に Fintiv 判決が先例として指定されて以降、PTAB が裁量的拒否の判断をする事例が増加し、FY2021 の Q2 にピークに達していましたが、その後減少に転じ、FY22 の Q1 には裁量的拒否の判断は 2%(全ての事例に対する割合)にまで低減しました[3]。このように、現在の PTAB の実務上、以前ほど裁量的拒否の判断がなされる頻度が高いわけではありませんが、本件ガイダンスによって、少なくとも上記各点について PTAB の実務が明確化されたことで、判断の予測可能性が向上したものといえ、実務的意義があるものと思われます。

[脚注]
[1] Katherine K. Vidal (Director of USPTO), Memorandum: Interim Procedure for Discretionary Denials in AIA
Post-Grant Proceedings With Parallel District Court Litigation, June 21, 2022, available at
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/interim_proc_discretionary_denials_aia_parallel_district_court_litigation_memo_20220621_.pdf (last visited on July 22, 2022).

[2] Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR2020-00019, Paper 11 (PTAB Mar 20, 2020) (designated precedential May 5,2020).

[3] USPTO, Patent Trial and Appeal Board Parallel Litigation Study, June 2022, at 23, available at

https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ptab_parallel_litigation_study_20220621_.pdf (last visited on
July 22, 2022).

本稿のPDFはこちらからご参照いただけます。

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